2011年4月19日

4匹の黒ねずみ

数日前に、引越しで飼えなくなったとのことで里親募集をされていたスナネズミ。

当初は仲良し2匹をお迎えさせていただく予定でしたが、いろいろいろいろございまして、父息子で4匹一緒に暮らしていたのを、そのまままとめてわが家にお迎えと相成りました。そして、お迎え直前に1匹は娘と判明・・・^^; 


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近寄りすぎ。


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おやつで友好関係を築いてみた

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って、フリース?それは齧られると・・・困る・・・・

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かじり隊・・・行列ができた・・・^^;

先月亡くなった白丸くんよりも長生きしてもらうぞ〜

2011年3月25日

白丸、バイバイ

スナネズミの白丸くんが、
25日の朝、空に還ってしまいました。

白丸君は歴代のスナネズミの最後の子です。
2006年の春にはわが家に居ましたので、
だいたい満5歳だったでしょうか。

平均寿命が2〜4年前後とされていますので、
病気ひとつすることなく、空に還る日を迎えただけでも、
本当にすごいことだと思っています。
大往生、だったかな?


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白くん、また会おうね。
バイバイ。

2010年9月23日

キャットシッターさんのレポート詳細

旅の間、昨年の行時に初めてお願いした 近所のシッターさんにお願いする。 

本当は猫専門なのに、小さい動物ならOKとのことで、 うちではじめてうさぎを体験していただいたようで。
http://cs-toba.info/ 
家がすごくご近所(徒歩10分ほど)なので、頼みやすくて助かる。 
猫2匹まで同じ値段(2500円)だし、 うさぎ+ねずみ多数で1日1000円というお値段もとっても魅力的。 

昨年は初めてだし、心配でメールレポートにしていただいたんだけれど、 結局、海外でネットができず、最終日まで読めず(涙) しかも、うちの猫は一日も押し入れから出てこず。。。 で、今回は紙のレポートにしてみたら、なんだかおもしろーい。 

中身はまったく公開しても問題はない内容なので、 日記にアップしてみることに。 出発の次の日から3日間のお世話を、お願いしていた。 

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2009年4月19日

やまねべいべ

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順調のようだす。すっかり目があいたので、そろそろ人見知りするんだろうな〜。まだ動きがにぶいから、触れるけど。

2006年6月16日

よろしくね

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念願のまうちゅが到着しました。自宅までつれてきていただいてしまい、恐縮でした。人見知りんなにんにんが、ケージから出てきたのはびっくりしたけど。で、まうちゅの名前は「蓬莱(ほうらい)」にしました。ちなみに、どこぞのオリジナルカクテルの名前です(笑)しっかし、だいぶ以前に暮らしていたカラーマウちゅたちとは大きさが違うっ。や〜、でも赤眼はほんとキレイだな・・・。ケース、先日亡くなった山根さんの使っていたものなので、明日もっとキレイなケースがあったら買ってこようっと。

2002年7月26日

さよなら、垂ん

today's favorite
2002/07/26

昨日、仕事なのに、午後になってからの偏頭痛が酷くて、あまりにも頭ががんがんするので、少しだけ早く切り上げて、帰りにいつもは絶対に飲めない頭痛薬を買って、空腹のままに流し込んで、家に帰り着くと、垂んの体温が下がり始めていて、ごはんは一口も、食べていなかった。

あわてて、先生に電話する。もしかして、何か、出来ることは無いんだろうかと。ねじを鍼に連れて行く予定だったし、一緒に連れて行ったら、何か出来ないものかと思ったのだ。

先生は、「垂ちゃんは、もう十分頑張ったんですし、移動中に何かあってしまうかもしれない。もし、ねじが鍼をしなくても大丈夫なくらい調子が良いなら、少し我慢してもらって、家で垂ちゃんについていてあげると良いかと思います」、と。

あたしには、「何もしないで看取る」がどうしてもできなくて、ねじといっしょに、病院に連れて行った。


何度も何度も覗いては、お腹が動いているのを確認した。


病院についてまず、体重を計る。21.0g 前回病院にいった火曜日から、5gもへっていた。たった2日で、5g この体重を見た瞬間に、「大丈夫。きっと大丈夫」が、だめかもしれない。にかわった。

「おしっこが出来ているようすですか?」と聞かれたので、「さっきはおしっこの上で寝ていた」ことを伝えた。エコー検査をする。排尿が出来ないままに、尿が溜まってきているのであれば、利尿剤などは使えない。

エコーの結果、今まではきちんと排尿されていたけれど、少し尿がたまっていることと、お腹に、水が溜まってきているかも・・・ということだった。

ステロイド剤で、少しだけ持ちなおすかもしれないからと、ステロイドを注射していただく。注射の時、よほど具合が悪いらしく、触られたくないと、ちゅーちゅーなく垂んが、とても痛々しかった。


ごはんは、誤飲がこわいので、食べない様なら無理に上げないこと。ステロイド剤を少量液体で頂いて、苦しそうならはあげること。

以上の2点が注意点だった。


帰宅してからは、ずっとそばに居た。パソコンをやる時は、ひざの上に。一緒にテレビを見たり、本を読んだり。出来るだけ彼女の負担にならないように、支えたり、離れたり、見守ったり、寝返りをうたせたり。別れの瞬間が近づいているは分かっていたし、
出来る限り、そばに居た。

夕方に、無理にあわない頭痛薬を飲んだので、胃の痛みが激しくて、少しだけうとうととした夜中に、垂んは、この世を去っていった。午前、1時過ぎくらいのことだと思う。


たぶん、その瞬間を「看取る」ことはないんだろうと思っていた。垂んは、風と違って、その瞬間には立ち会えないんだろうと。そんな予感があった。やっぱり垂んは、あたしがうとうとと眠りについている間に、ゆっくりと、この世を去っていたのだった。

最後まで、良い子で居なくて良かったんだよ?垂ん。

ごめんね。あたしは、垂んが頑張れるなら、苦しむことのない麻酔中の死があるならばそれを、と
決断し始めて居たんだよ。最期まで、何かをしてあげたいと思って居たんだよ?

あたしには、最期まで何もさせてくれないんだね、垂。でも、大好きだったよ。今でも大好きだよ。愛してるよ。ここに居て欲しいと思ってるよ。

もう少しで、うちにきて、1周年だったじゃない。あと1週間で、、、8月4日で。うちにきてから、1周年をむかえるはずだったのに。良く頑張ったね。この1年、本当に良く頑張ったよね。それ以上がないくらいに、頑張ってくれたよね。ありがとう。あたしと一緒に、生きていてくれてありがとう。生命力の強さを、見せてくれて、ありがとう。何より、何度もの手術に耐えてくれてありがとう。


2001/08/13...最初の断脚。右後足が、なくなる。
2002/02/08...左前足に腫瘤が出来て、骨が溶解をはじめていたため、断脚。
2002/03/12...お尻回りの腫瘤が大きくなり、排便が困難になったために、摘出。
2002/05/31...陰部回りの腫瘤が大きくなり、排便が困難になったために、摘出。


本当に本当にたくさん切り刻んでしまって、ごめんなさい。ごめんね、居て欲しかったの。大好きなの。

今度はもっと、健康な姿で生まれ変わって、もう2度と、膿瘍なんかに苦しめられないように。
そしてまた、きっと会えるように、ずっとずっと、祈っているから。
垂と過ごした最期の時間。何枚も何枚も写真に撮った。朽ち果てる瞬間は、とても美しいと言う。
やっぱり、垂んは美しかった。最期の生命力を振り絞って、何も食べないのに、10時間近く、生きていてくれた。垂んは、良く頑張った。本当に良く頑張った。

でもあたしは、神様を一生恨む。あの子を、あんな運命にさらしておいて、連れて行ってしまった神様を。でもあたしは、神様に感謝もする。最期の瞬間、あまり長い時間苦しまずに、逝かせてくれた神様に。

せめて神様。
愛していた証しを、彼女の生きた爪あとを、
ここに残しておくことを、
お許し下さい。
本当に狂おしいほどに、愛しかったんです。

午後になって、やっと、垂んを土に返すことが出来た。

ばいばい、垂ん。またいつか、絶対に一緒に暮らそうね。大好きだよ。愛してるよ。ばいばい。ばいばい。ありがと、垂ん。

ここに居て欲しかったけれど、つなぎとめることは、垂んの痛みが続いていくことだったのかもしれない。それでもいて欲しかったけれど、でも、あたしがちょっと寂しいのを我慢すれば、垂が楽に慣れるなら、これで、良かったのかもしれないね。