2011年4月19日
2011年3月25日
2010年9月23日
キャットシッターさんのレポート詳細
旅の間、昨年の行時に初めてお願いした 近所のシッターさんにお願いする。
本当は猫専門なのに、小さい動物ならOKとのことで、 うちではじめてうさぎを体験していただいたようで。
http://cs-toba.info/
家がすごくご近所(徒歩10分ほど)なので、頼みやすくて助かる。
猫2匹まで同じ値段(2500円)だし、 うさぎ+ねずみ多数で1日1000円というお値段もとっても魅力的。
昨年は初めてだし、心配でメールレポートにしていただいたんだけれど、 結局、海外でネットができず、最終日まで読めず(涙) しかも、うちの猫は一日も押し入れから出てこず。。。 で、今回は紙のレポートにしてみたら、なんだかおもしろーい。
中身はまったく公開しても問題はない内容なので、 日記にアップしてみることに。 出発の次の日から3日間のお世話を、お願いしていた。

本当は猫専門なのに、小さい動物ならOKとのことで、 うちではじめてうさぎを体験していただいたようで。
http://
家がすごくご近所(徒歩10分ほど)なので、頼みやすくて助かる。
猫2匹まで同じ値段(2500円)だし、 うさぎ+ねずみ多数で1日1000円というお値段もとっても魅力的。
昨年は初めてだし、心配でメールレポートにしていただいたんだけれど、 結局、海外でネットができず、最終日まで読めず(涙) しかも、うちの猫は一日も押し入れから出てこず。。。 で、今回は紙のレポートにしてみたら、なんだかおもしろーい。
中身はまったく公開しても問題はない内容なので、 日記にアップしてみることに。 出発の次の日から3日間のお世話を、お願いしていた。
2009年4月19日
2006年6月16日
2002年7月26日
さよなら、垂ん
today's favorite
2002/07/26
昨日、仕事なのに、午後になってからの偏頭痛が酷くて、あまりにも頭ががんがんするので、少しだけ早く切り上げて、帰りにいつもは絶対に飲めない頭痛薬を買って、空腹のままに流し込んで、家に帰り着くと、垂んの体温が下がり始めていて、ごはんは一口も、食べていなかった。
あわてて、先生に電話する。もしかして、何か、出来ることは無いんだろうかと。ねじを鍼に連れて行く予定だったし、一緒に連れて行ったら、何か出来ないものかと思ったのだ。
先生は、「垂ちゃんは、もう十分頑張ったんですし、移動中に何かあってしまうかもしれない。もし、ねじが鍼をしなくても大丈夫なくらい調子が良いなら、少し我慢してもらって、家で垂ちゃんについていてあげると良いかと思います」、と。
あたしには、「何もしないで看取る」がどうしてもできなくて、ねじといっしょに、病院に連れて行った。
何度も何度も覗いては、お腹が動いているのを確認した。
病院についてまず、体重を計る。21.0g 前回病院にいった火曜日から、5gもへっていた。たった2日で、5g この体重を見た瞬間に、「大丈夫。きっと大丈夫」が、だめかもしれない。にかわった。
「おしっこが出来ているようすですか?」と聞かれたので、「さっきはおしっこの上で寝ていた」ことを伝えた。エコー検査をする。排尿が出来ないままに、尿が溜まってきているのであれば、利尿剤などは使えない。
エコーの結果、今まではきちんと排尿されていたけれど、少し尿がたまっていることと、お腹に、水が溜まってきているかも・・・ということだった。
ステロイド剤で、少しだけ持ちなおすかもしれないからと、ステロイドを注射していただく。注射の時、よほど具合が悪いらしく、触られたくないと、ちゅーちゅーなく垂んが、とても痛々しかった。
ごはんは、誤飲がこわいので、食べない様なら無理に上げないこと。ステロイド剤を少量液体で頂いて、苦しそうならはあげること。
以上の2点が注意点だった。
帰宅してからは、ずっとそばに居た。パソコンをやる時は、ひざの上に。一緒にテレビを見たり、本を読んだり。出来るだけ彼女の負担にならないように、支えたり、離れたり、見守ったり、寝返りをうたせたり。別れの瞬間が近づいているは分かっていたし、
出来る限り、そばに居た。
夕方に、無理にあわない頭痛薬を飲んだので、胃の痛みが激しくて、少しだけうとうととした夜中に、垂んは、この世を去っていった。午前、1時過ぎくらいのことだと思う。
たぶん、その瞬間を「看取る」ことはないんだろうと思っていた。垂んは、風と違って、その瞬間には立ち会えないんだろうと。そんな予感があった。やっぱり垂んは、あたしがうとうとと眠りについている間に、ゆっくりと、この世を去っていたのだった。
最後まで、良い子で居なくて良かったんだよ?垂ん。
ごめんね。あたしは、垂んが頑張れるなら、苦しむことのない麻酔中の死があるならばそれを、と
決断し始めて居たんだよ。最期まで、何かをしてあげたいと思って居たんだよ?
あたしには、最期まで何もさせてくれないんだね、垂。でも、大好きだったよ。今でも大好きだよ。愛してるよ。ここに居て欲しいと思ってるよ。
もう少しで、うちにきて、1周年だったじゃない。あと1週間で、、、8月4日で。うちにきてから、1周年をむかえるはずだったのに。良く頑張ったね。この1年、本当に良く頑張ったよね。それ以上がないくらいに、頑張ってくれたよね。ありがとう。あたしと一緒に、生きていてくれてありがとう。生命力の強さを、見せてくれて、ありがとう。何より、何度もの手術に耐えてくれてありがとう。
2001/08/13...最初の断脚。右後足が、なくなる。
2002/02/08...左前足に腫瘤が出来て、骨が溶解をはじめていたため、断脚。
2002/03/12...お尻回りの腫瘤が大きくなり、排便が困難になったために、摘出。
2002/05/31...陰部回りの腫瘤が大きくなり、排便が困難になったために、摘出。
本当に本当にたくさん切り刻んでしまって、ごめんなさい。ごめんね、居て欲しかったの。大好きなの。
今度はもっと、健康な姿で生まれ変わって、もう2度と、膿瘍なんかに苦しめられないように。
そしてまた、きっと会えるように、ずっとずっと、祈っているから。
垂と過ごした最期の時間。何枚も何枚も写真に撮った。朽ち果てる瞬間は、とても美しいと言う。
やっぱり、垂んは美しかった。最期の生命力を振り絞って、何も食べないのに、10時間近く、生きていてくれた。垂んは、良く頑張った。本当に良く頑張った。
でもあたしは、神様を一生恨む。あの子を、あんな運命にさらしておいて、連れて行ってしまった神様を。でもあたしは、神様に感謝もする。最期の瞬間、あまり長い時間苦しまずに、逝かせてくれた神様に。
せめて神様。
愛していた証しを、彼女の生きた爪あとを、
ここに残しておくことを、
お許し下さい。
本当に狂おしいほどに、愛しかったんです。
午後になって、やっと、垂んを土に返すことが出来た。
ばいばい、垂ん。またいつか、絶対に一緒に暮らそうね。大好きだよ。愛してるよ。ばいばい。ばいばい。ありがと、垂ん。
ここに居て欲しかったけれど、つなぎとめることは、垂んの痛みが続いていくことだったのかもしれない。それでもいて欲しかったけれど、でも、あたしがちょっと寂しいのを我慢すれば、垂が楽に慣れるなら、これで、良かったのかもしれないね。
2002/07/26
昨日、仕事なのに、午後になってからの偏頭痛が酷くて、あまりにも頭ががんがんするので、少しだけ早く切り上げて、帰りにいつもは絶対に飲めない頭痛薬を買って、空腹のままに流し込んで、家に帰り着くと、垂んの体温が下がり始めていて、ごはんは一口も、食べていなかった。
あわてて、先生に電話する。もしかして、何か、出来ることは無いんだろうかと。ねじを鍼に連れて行く予定だったし、一緒に連れて行ったら、何か出来ないものかと思ったのだ。
先生は、「垂ちゃんは、もう十分頑張ったんですし、移動中に何かあってしまうかもしれない。もし、ねじが鍼をしなくても大丈夫なくらい調子が良いなら、少し我慢してもらって、家で垂ちゃんについていてあげると良いかと思います」、と。
あたしには、「何もしないで看取る」がどうしてもできなくて、ねじといっしょに、病院に連れて行った。
何度も何度も覗いては、お腹が動いているのを確認した。
病院についてまず、体重を計る。21.0g 前回病院にいった火曜日から、5gもへっていた。たった2日で、5g この体重を見た瞬間に、「大丈夫。きっと大丈夫」が、だめかもしれない。にかわった。
「おしっこが出来ているようすですか?」と聞かれたので、「さっきはおしっこの上で寝ていた」ことを伝えた。エコー検査をする。排尿が出来ないままに、尿が溜まってきているのであれば、利尿剤などは使えない。
エコーの結果、今まではきちんと排尿されていたけれど、少し尿がたまっていることと、お腹に、水が溜まってきているかも・・・ということだった。
ステロイド剤で、少しだけ持ちなおすかもしれないからと、ステロイドを注射していただく。注射の時、よほど具合が悪いらしく、触られたくないと、ちゅーちゅーなく垂んが、とても痛々しかった。
ごはんは、誤飲がこわいので、食べない様なら無理に上げないこと。ステロイド剤を少量液体で頂いて、苦しそうならはあげること。
以上の2点が注意点だった。
帰宅してからは、ずっとそばに居た。パソコンをやる時は、ひざの上に。一緒にテレビを見たり、本を読んだり。出来るだけ彼女の負担にならないように、支えたり、離れたり、見守ったり、寝返りをうたせたり。別れの瞬間が近づいているは分かっていたし、
出来る限り、そばに居た。
夕方に、無理にあわない頭痛薬を飲んだので、胃の痛みが激しくて、少しだけうとうととした夜中に、垂んは、この世を去っていった。午前、1時過ぎくらいのことだと思う。
たぶん、その瞬間を「看取る」ことはないんだろうと思っていた。垂んは、風と違って、その瞬間には立ち会えないんだろうと。そんな予感があった。やっぱり垂んは、あたしがうとうとと眠りについている間に、ゆっくりと、この世を去っていたのだった。
最後まで、良い子で居なくて良かったんだよ?垂ん。
ごめんね。あたしは、垂んが頑張れるなら、苦しむことのない麻酔中の死があるならばそれを、と
決断し始めて居たんだよ。最期まで、何かをしてあげたいと思って居たんだよ?
あたしには、最期まで何もさせてくれないんだね、垂。でも、大好きだったよ。今でも大好きだよ。愛してるよ。ここに居て欲しいと思ってるよ。
もう少しで、うちにきて、1周年だったじゃない。あと1週間で、、、8月4日で。うちにきてから、1周年をむかえるはずだったのに。良く頑張ったね。この1年、本当に良く頑張ったよね。それ以上がないくらいに、頑張ってくれたよね。ありがとう。あたしと一緒に、生きていてくれてありがとう。生命力の強さを、見せてくれて、ありがとう。何より、何度もの手術に耐えてくれてありがとう。
2001/08/13...最初の断脚。右後足が、なくなる。
2002/02/08...左前足に腫瘤が出来て、骨が溶解をはじめていたため、断脚。
2002/03/12...お尻回りの腫瘤が大きくなり、排便が困難になったために、摘出。
2002/05/31...陰部回りの腫瘤が大きくなり、排便が困難になったために、摘出。
本当に本当にたくさん切り刻んでしまって、ごめんなさい。ごめんね、居て欲しかったの。大好きなの。
今度はもっと、健康な姿で生まれ変わって、もう2度と、膿瘍なんかに苦しめられないように。
そしてまた、きっと会えるように、ずっとずっと、祈っているから。
垂と過ごした最期の時間。何枚も何枚も写真に撮った。朽ち果てる瞬間は、とても美しいと言う。
やっぱり、垂んは美しかった。最期の生命力を振り絞って、何も食べないのに、10時間近く、生きていてくれた。垂んは、良く頑張った。本当に良く頑張った。
でもあたしは、神様を一生恨む。あの子を、あんな運命にさらしておいて、連れて行ってしまった神様を。でもあたしは、神様に感謝もする。最期の瞬間、あまり長い時間苦しまずに、逝かせてくれた神様に。
せめて神様。
愛していた証しを、彼女の生きた爪あとを、
ここに残しておくことを、
お許し下さい。
本当に狂おしいほどに、愛しかったんです。
午後になって、やっと、垂んを土に返すことが出来た。
ばいばい、垂ん。またいつか、絶対に一緒に暮らそうね。大好きだよ。愛してるよ。ばいばい。ばいばい。ありがと、垂ん。
ここに居て欲しかったけれど、つなぎとめることは、垂んの痛みが続いていくことだったのかもしれない。それでもいて欲しかったけれど、でも、あたしがちょっと寂しいのを我慢すれば、垂が楽に慣れるなら、これで、良かったのかもしれないね。
